欧州連合域内の「炭素排出量取引制度」が2023年から船舶輸送に適用される見通し
欧州連合(EU)の「排出量取引制度(ETS:Emission Trading Scheme)」(以下、「EU-ETS」)は、世界最大の炭素排出量取引制度であり、すべてのEU加盟国、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーにおいて運用されている。2005年に開始したこの制度は、電力部門と製造業に重点を置いていた。しかし、2019年、欧州委員会(EC)は、EU-ETSの中に海運業を含めることを確認した新たな「欧州グリーンディール」を公表した。
2021年7月14日、ECはEU-ETSに関する提案を含む政策パッケージを発表した。同提案は2023年から船舶輸送にEU-ETSを適用することを定めている。この制度は、商用目的で乗客または貨物を輸送するために航海する総トン数5,000トン以上の船舶からの排出に適用される予定であり、バラスト航海も対象となる。
同制度は以下の排出に適用される。
- EU域外の港からEU域内の港に到着する航海を行う船舶からの排出量の半分(50%)
- EU域内の港から出航し、EU域外の港に到着する航海を行う船舶からの排出量の半分
- EU域内の港間での航海を行う船舶からの排出量
- EU域内の港の停泊所での排出量
炭素排出量取引
EU-ETSは「キャップ・アンド・トレード(cap and trade):排出量の上限を定めて取引する」原則に基づいている。キャップ(上限)は排出を許可される温室効果ガスの総量に設定され、総排出量が減少するように当該キャップは時間をかけて削減される。
「EU排出枠(EUA:EU Allowances)」と呼ばれる炭素クレジットは購入後(一部は無償で割り当てられる)、必要に応じて炭素市場で取引することができる。排出枠が価値を持つことを保証するために、利用可能な排出枠の総数の上限が管理される。
現在、EU-ETSは、排出される炭素の1トン毎に価格を設定しており、市場で価格が決定される。これは、施設や運送業者が自らの余剰排出枠を売却できるようにすることで、自らの炭素排出量を削減するインセンティブとして機能することを意図している。
毎年、各排出者は自らの排出量を対象とするEUAの必要数を当局に申請する。EUAが余った場合、排出者は将来の利用のためにそれを保持するかまたは炭素市場でそれを売却することができる。必要な排出枠を申請しなかった場合には、重い罰金が科せられる可能性がある。また、2期間以上連続して十分な排出枠を申請しなかった場合には、EU域内の港から排除される可能性がある。
EUの計画では、船舶は2023年から徐々にEU-ETSに追加される。2023年には、船主は自らの排出量の20%を対象とする十分なEUAを提出しなければならない。この数字は2024年に45%、2025年に70%に引き上げられると予想される。2026年以降、船主はこの制度に基づき排出量の100%を対象とするEUAを提出しなければならなくなる。
EUを発着する国際的な船舶取引に関するEUの「監視・報告・検証制度(Monitoring, Reporting and Verification、以下「EU-MRV」)」は既に実施中であり、EU-ETSに該当する排出量の計算の根拠として使用される見通しである。
業界の懸念
多くの業界団体と国々は、世界的な解決策を優先すべきこと、地域的制度が脱炭素化に関する国際海事機関(IMO)の取り組みをいかに損なう可能性があるかということ、および船舶の管理上の負担が増大することに主に言及し、EU-ETSの船舶への適用に対する懸念を表明している。この懸念に対処するために、数年後に適用の有効性と実践的適用を評価することを保証する「評価条項」が定められた。
商取引上のリスクと責任
船主と用船者は、船舶にEU-ETSが適用される前の適切な時期に自社の契約内容を見直すべきである。
まず第一に、EU-ETSを順守することは「船会社」の責任である。EUは、国際安全管理規範(ISM Code)に従い、「船会社」を「船主または船主から船舶の運航責任を引き受けたその他の組織もしくは個人(管理者、裸用船の用船者等)」と定義している。
だが、EU-ETSに基づく船主の責任は用船者の船舶取引に起因することを考慮すると、用船契約に適切な条項を定めることは用船者に対して責任転嫁するために必要であると思われる。
船主が用船者への請求を航海ごとに行う場合、EU-ETSに基づく期限(翌年4月末)が到来し、船主の責任が確定した時点で請求を行うことは避けるべきであるといえる。むしろ、排出量はEU-MRVの方程式を参照し計算されるものと規定した上で、EUA価格は該当する時期に従って確定する旨の条項を用船契約に定める必要があるだろう。
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