本船で負傷または死亡を伴う事故が発生した場合は、船員の心のケアに留意する必要があります。特に、調査の過程でそれを思い出すような可能性がある場合一層その必要があります。
事故に対する人々の反応は様々で、その関与の度合いによって異なるものです。事故の原因となった出来事に関係した人もいれば、事故の過程を目撃する人、事故後の状態を見る人もいるでしょう。応急処置などの行動を取らなければならない人もいる一方で、他人の感情や反応を目の当たりにしてしまい、影響を受ける人もいるでしょう。事故調査の過程で慎重に対応しなければ、そのような感情が再び噴出する可能性があります。
私たちは人間であり、深刻な事故及びその後の調査から受ける影響が、負傷した当事者だけでなく全ての人に関わることを認識しなければなりません。
複雑な感情
事故を目撃した人は、さまざまな感情を経験するものです。事故をどう処理するか、どのように反応するかに決まりはありません。トラウマ、怒り、罪悪感、将来同じような事故が起こることへの恐怖などを経験してしまう人もいるでしょう。事故の直後、または調査の過程で、その事故が起きた経緯について、人は納得のいく「犯人捜し」を始めるものです。そうなると同僚に非難されることもあり、これらはいずれもメンタルヘルスや仕事のパフォーマンスに影響を与えることがあります。
目撃者への事情聴取
事故調査において重要なことは、目撃者に何を目撃したのか尋ねることです。重要な証拠の信憑性を確実なものにするため、通常事故後は出来るだけ早期に事情聴取を行います。
ただし、事情聴取は目撃者の心の健康を考慮しながら行われるべきです。事故後、あらゆる関係者の代表として検査官、サーベヤー、弁護士等が訪船し、船員から話を聞こうとすることは珍しいことではありません。事情聴取は慎重に管理される必要があります。攻撃的もしくは対立的であると思われる質問は、問題を悪化させる可能性があるためです。
トラウマになりそうな事故後に事情聴取を行う場合は、以下の点を考慮しましょう。
- 船員への接触を管理する:P&I クラブや起用した弁護士からアドバイスを受け、第三者であるサーベイヤーや弁護士による船員への接触を許可しない
- 事情聴取を受ける人が安心し落ち着いて受けられるようにする
- 事情聴取の目的を説明する
- 自由に答えてもらえるようにオープンエンド型の質問をする
- 関係のない質問で沈黙を紛らわせるのでなく、話をさせる
- 相手の状態に配慮し、必要に応じて休憩を取るよう努める
何よりも、それが尋問でなく、起こったことを確認する手段であることを認識しておく
お互いを思いやる心
船員が事故の影響を受けた場合、彼らが当然と助けを求めて来ると思ってはなりません。船員が助けを求めようとしない理由はいくつもあり、各社のメンタルヘルス対策はこれらの障害に対処できるものでなければなりません。例として、以下の理由が挙げられます。
- 船員は自分の苦しさがメンタルヘルスに起因していると認識していない可能性がある
- 助けを求めた時に、他の人にどう思われるかが怖い
- 会社が自分を守ってくれると思えない
- 将来の雇用形態や昇進への影響に不安を感じる
上記のとおり、気づきと共感が必要であるといえます。
共感力とは、相手の立場で、その心情や相手の視点による状況を理解しようとする能力です。この能力は重要かつ効果的なリーダーシップスキルです。
この共感力は管理職に限定されたものでありません。大きな事故が発生した日、それからの数週間、そしてその事故を思い出させる事情聴取の後、船員は気遣い合う必要があります。時間を取って互いに気遣い、様子を伺うことが必要です。
メンタルヘルス上の問題は、人により現れ方が異なりますが、その兆候を見分けるリソースを本船に備えておけば、困難な状態に陥っている誰かを助けるために役立つことでしょう。
精神的なサポート
海上での船員の健康を確保することは、事故後のケアに限ったことではありません。船員交代が困難なこの時期に、なかなか船外へ出られない状況のなかで、船員がストレス緩和の手段を持つことが今まで以上に重要になっています。このサポートは、本船の円滑な運航のためだけでなく、お互いの長所と短所を理解している精神的に強いチームがストレスや危機に直面した際、本船上のすべての人のために協力できるようにするためにも必要なことです。
メンバーの皆様へのサポート
弊クラブでは、船員支援のサービスを自信をもって提供しています。「マインド・マターズ」(My Mind Matters)では、海上における心のケアのための情報を、「マインド・コールズ」(Mind Call)では、加入船に乗船中の船員の心のサポートのためのヘルプラインを年中無休24時間体制で運用しています。マインド・コールズのヘルプラインに対応するスタッフはカウンセリングのトレーニングを受けており、匿名で心のケアを行っておりますので船員は自分の気持ちや悩み等、どんなことでも話せます。
事故発生後、船主や船舶管理会社は、次の寄港地で来船可能な寄港地の慈善団体等に連絡を取り、下船できない船員への心のサポートとして、宗教的な癒しを、または船員の話に耳を傾けてくれる誰かを派遣することを検討すべきでしょう。
乗組員が自分たちに提供されているサ-ビスを利用できるようにするためには、船員と陸上での良好なコミュニケーションを確保しておく必要があります。
詳細情報について
マインド・マターズ: http://www.mymindmatters.club/
マインド・コール: http://www.mindcall.org/
同僚を亡くした船員へのサポート https://www.nepia.com/articles/supporting-crew-through-the-loss-of-a-colleague/
PTSD(心的外傷後ストレス)の緩和:ニール・グリーンバーグ教授による海事組織のためのガイダンス
ステラ・マリス- 船員、漁業従事者およびその家族を支援する慈善事業
著者:ロス・ワデル / アルヴィン・フォスター